2019/07/24

2019年度日本水産工学会春季シンポジウム概要報告





 2019年度日本水産工学会春季シンポジウム「気候変動に対応できる水産工学イノベーションを探る」が5月20日(月)に小浜市まちの駅・旭座において開催されました。生憎の空模様の中,大学,研究機関,国・地方公共団体,環境・建設コンサルタント,建設会社などから48名のご参加を賜りました。

 本シンポジウムでは,水産業に差し迫る気候変動の実態と今後予想される影響,持続可能な水産業を推進するための水産工学の役割や技術革新の可能性について,国内外で先進的な研究活動を精力的に取り組んでおられる方々から,最新の情報や成果をご講演いただきました。
 午前中は,社会の動向と水産業の未来をテーマに,3名よりご講演いただきました。
 気候変動に関する政府間パネル(IPCC)の環境省レビューチーム,アドバイザーを歴任されたアン・マクドナルド氏(上智大学)より,「気候変動を取り巻く環境史と世界の流れ」と題する講演の中で,中世の温暖期にグリーンランドに入植したノルマン人のコミュニティーが小氷期に崩壊し,イヌイットが生き延びた鍵を紐解きながら,経験知に裏付けられたローテクを掘り起こし体系化することの重要性が提起されました。
 藤井賢彦氏(北海道大学)は,「日本沿岸の海洋生態系や社会に及ぼす影響」について,今後,開発途上国が多い低緯度地方より顕在化する水産資源の減少傾向は食料安全保障を脅かし,海洋酸性化は海面水温上昇と同等以上に,貝類・甲殻類を主体とする世界の海面養殖業に深刻な影響を及ぼす可能性を指摘されました。
 世界的にも気候変動の影響が顕著なミニチュア大洋・日本海を研究フィールドとする荒巻能史氏(国立環境研究所)は,「日本海で進行する気候変動の影響」について,最近40年間に日本海の熱塩循環がそれ以前の半分以下まで弱化し,深層水中の人為起源二酸化炭素濃度が最近20年間で約2倍増加したこと,炭酸カルシウムが未飽和となる水深帯が200~400mまで急上昇しており,深所より海洋酸性化が進行していることを緻密な観測に裏打ちされたデータ分析より示されました。
 午後の講演では,持続可能な対応と技術をテーマに,4名よりご講演いただきました。
 木所英昭氏(水産研究・教育機構東北区水産研究所)は,日本海において気候変動の影響が指摘される回遊性魚介類について,新たな漁場の出現場所,漁期,漁獲サイズ(魚価)など漁海況の予報精度向上(水温以外の環境要因の組込み),高水温など環境変化に対応した既往の被害軽減事例を再整理し今後の適応策に活かす必要性を提言されました。
 富永修氏(福井県立大学)は,日本海からの海水浸入を制御する潮留水門の調整水位が2017年9月に変更された北潟湖を事例とした「塩分環境の変化は汽水湖生態系の魚種組成を劇的に変化させる」と題する講演の中で,塩分上昇は湖内優占種の繁殖や仔稚魚の成長を阻害し魚種組成を一変させるが,上流部で生き延びた僅かな親魚が個体数を劇的に回復させる潜在力を有しており,気候変動に対する生態系の復元力を評価することの重要性を示されました。
 堀 正和氏(水産研究・教育機構瀬戸内海区水産研究所)は,「ブルーカーボンを利用した気候変動の緩和適応策の実践」と題する講演の中で,アマモ場を利用したカキ養殖などブルーカーボン生態系による気候変動対策は,食糧生産と気候変動への緩和適応策を同時にカバーできる有効な方策として強い期待が表明されました。
 三浦 浩氏((一財)漁港漁場漁村総合研究所)からは,「気候変動に対応する漁場整備」と題する講演の中で,水産庁の策定したガイドラインをもとに,藻場,干潟,サンゴ礁,沿岸・沖合域のそれぞれに対する,短期・中長期的な保全・適応策の実施手順について詳細にご説明いただきました。
 総合討論では,グローバルな課題である気候変動対策を念頭に,経済・技術の発展状況によらず,持続的に取り組み可能なローテク・イノベーションの活用や,養殖場や造成漁場を有機的に複合配置し,順応的に管理することで気候変動対策と食糧生産を同時に実現可能な技術の開発の必要性が指摘されました。気候変動が水産環境・資源,魚食文化に及ぼす危機的状況を,身近な問題として国民に認識してもらうための第一歩として,環境省や水産庁が保有する水産環境情報の統合・発信強化の必要性が提起されました。気候変動に順応しながら水産環境を整備し,水産資源を持続的に利用してゆくためには,ICTブイによる海況リアルタイムモニタリング網の整備,AIを活用した漁海況予測精度の向上,漁獲物の品質管理や消費者への情報提供など,情報分野における水産工学技術の進展が期待されます。
 講演者の方々とご参加いただきました皆様には,活発なご議論をいただき,深く感謝いたします。これら講演の内容につきましては,会誌に掲載して会員の皆様にお知らせする予定です。


瀬戸 雅文(福井県立大学)



(左)大竹会長による開会挨拶  (右)会場の様子


講演者の皆様(1)
左からアン・マクドナルド氏(上智大学),藤井賢彦氏(北海道大学),荒巻能史氏(国立環境研究所),富永修氏(福井県立大学)


講演者の皆様(2)
左から木所英昭氏(水研機構東北水研),堀正和氏(水研機構瀬水研),三浦浩氏(漁村総研)





カテゴリ:日本水産工学会の行事